高等部の人間観

クラス担任と共に1年生から8年生(中学2年)まで歩んできた生徒たちはいよいよ高等部に進級します。

シュタイナー学校の高等部は9年生(中学3年生)から始まり12年生まで続きます。その後生徒は13年生の受験コースに進級します。思春期の真只中にいる生徒の状態は、クラス担任時代よりもはっきりと変化し、教育もそれと共にまったく新しく変わります。

クラス担任を通してもたらされたすべてのエポック授業の内容はイメージと共に生徒の内面へと入っていきました。子供たちは動物を知り、植物を知り、鉱物、歴史、数学、日本語といろいろな内容を学びました。しかし高等部に入った生徒の内面ではそれらの関係を自分自身の力でつなげていきたい意志が生まれてきます。 ということはクラス担任時代に培われてきた知識が高等部では認識へと移行していきます。育ちゆく若者たちは自分で≪判断できる力をつけたい≫≪自分自身で判断したい≫ と内面で強く求めます。その能力をサポートしていくためにまさに高等部のカリキュラムが存在しているのです。

「私たち教師の課題は高等部の生徒たちに自分たち教師の大切だと思っている価値観を学ばせることではないのです。そうではなく生徒が自分自身で判断し理解できるように私たち教師は彼らに働きかけていくのです。生徒たちがまったく開いた目で世界を観察できるようになるために。

ですから教師自身が確信している真実を生徒が受け入れるか受け入れないかが問題ではないのです。なぜなら私たちが納得し信じているものは私たちだけのものだからです。ですから私たちが生徒にもたらすものは、“私たちはこのように世界を見る。”という観点だけなのです。高等部の生徒たちに自分の確信する真実を信じさせることではなく、個として教師が生徒の前にしっかりと向かうのです。その向かい方は教師自身が常に探求を続けている≪個≫であるということです。ですから教師の立ち方を通して生徒はある程度の発展領域でとどまっているのではなく、自分も常に探求していく個でありたいとう強い意志を持ちはじめるのです。」
(R.シュタイナー 1901年 文化と時代の歴史 全集第31巻)

このように≪知識から認識へ≫の過程をたどる高等部の生徒たちは高等部の4年間の中で大きく変化し、社会的能力をつけながら、自分自身の道を切り開いていきます。さらに判断の形成過程は9年生から12年生の見事に構成された授業カリキュラムを通してさまざまな段階で行われ、生徒は少しずつ自分でしっかり判断できる明確な思考能力を積み重ねていきます。

≪自由への教育≫であるヴァルドルフ教育は育ちゆく若者たちが大人になり社会に羽ばたいていくときに本当の自分の持つ能力が開花し、彼らが社会の中でこれから共に生きる人々の中で大きな実りをもたらしていくことを何よりも願っているのです。