宮沢賢治は生きている?!9月21日 賢治祭

「ケンジ先生」と息子の話に出てくる人は、なんと宮沢賢治のことでした。

6年生の生徒たちが賢治先生の詩歌『原体剣舞連』(はらたいけんばいれん)を唱えました。(2014年度)

9月21日 宮沢賢治の命日に、毎年、“賢治祭”が行われます。

今年もこの日、小学4年生の息子の帰宅後の第一声は、「ケンジ先生のお話が読みたい!」でした。学内の行事で、保護者も参加できないので、実際にどんなことをしているのかを私は見たことはありません。でも、「今年はね、ケンジ先生は音楽が好きっていう話を岩内先生がしてくれたよ。」など息子が嬉しそうに話してくれ、賢治祭の想像が膨らみます。そして夕方、息子と図書館へ行き、「オツベルと象」を借りてきました。

賢治先生に扮した教師が子どもたちに劇を披露してくださいました。(2018年度)

本校創設者・故)鳥山敏子先生も賢治祭ではたくさんのお話をしてくださいました。(2012年度)

「ケンジ先生」

と息子は宮沢賢治のことを呼びます。まるで、生きていて、自分の学校の先生のように、親しみを込めて。最初に聞いた時は、宮沢賢治ではなく、新任の先生かと勘違いしたほどです。

そう、息子の中で、生徒や先生たちの中で、この学校の中で、宮沢賢治は教師として生きているのです!賢治祭だけでなく、日々の学びの中に、しっかりと宮沢賢治の精神が息づいている証拠だと思います。

「ルドルフ先生」

とルドルフ・シュタイナーを呼んでみたらどんな感じがするかしら?100年前に初めてのシュタイナー学校ができた時、生徒たちは彼をどんな風に呼んでいたのでしょう。シュタイナー先生?ルドルフ先生?想像してみると、親しみが湧いてきます。

1919年9月19日 シュタイナー学校誕生から2年後の1921年、宮沢賢治は教師となりました。つまり、シュタイナーと賢治は同時期に教育に取り組んでいたのです。まさか「東京賢治シュタイナー学校」という学校が東京にできるなんて、当時の2人が知ったらビックリするかもしれない…運命は不思議だと驚きます。

ケンジ先生、ルドルフ先生、ありがとう。
うちの息子は日々、心からの喜びを持って学んでいます。

4年・幼児部 保護者

賢治とシュタイナー
シュタイナー教育100周年特設ホームページ