卒業生それぞれの歩み 堀川ほりかわ万泰まひろ(6期生)

2014年度卒業論文発表より

卒業から3年半が経ち、現在私は大学で電気電子工学を学んでいます。だいたい色々なところで勉強の中身を訊かれ、「電気電子工学です」というとほとんどの方には「わからない」と言われてしまうのですが、最近は「スマホにまつわるすべての技術です」という説明をするようにしています。インターネットや電話などの通信技術、スマホを動かすための電子演算装置、画面を表示するディスプレイ、すべてが私たちの専門分野です。
実のところ、私が電気電子工学科を目指したきっかけは、当時流行していた反原発運動などを見ていて、自分は抗議するのではなく技術を学んで実際の電力システムに携わりたい、と思ったのがはじめでした。しかし、電力関連企業に就職すれば電力システムの中枢に携われるという環境ではなくなってきた実情を見て、電力システム関連企業への就職という選択肢は私の中で次第に現実味を失っていきました。逆に半導体工学や光工学の授業を受けている中で、私の興味の対象はそういったいわゆる「ものつくり」に関わる技術へと転換していきました。小さいころから何でも自分で作って遊びたがっていた節はあったので、そう考えると結局のところ、興味の対象の根本的な部分というのは大人になっても変わらなかったのかもしれません。
もう一つ、光工学や半導体工学に興味が向いた理由があります。大学に入ってからオーケストラに入り、家でオケや室内楽などの音源を聴く機会が増えたことで、音響機器への興味がわいてきたこと。そしてもう一つは、友だちに誘われて写真を始め、カメラに関する技術に興味を持ち始めたことです。たとえば、音響機器にはアンプが欠かせません。私たちが聴くCDやiPodなどの音源というのは、非常に微弱な電圧変化による信号をアンプと呼ばれる増幅回路で増幅し、大きな電圧変化に変えることでスピーカーやイヤホンを動かし、音を鳴らしています。この増幅回路に使われるのは、トランジスタと呼ばれる半導体素子です。トランジスタという言葉は、皆さんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。デジタルカメラの最も重要なセンサと呼ばれる部品に使われているのも、半導体です。
そんなわけで、結局「自分が夢中になって楽しんでいることをもっと掘り下げたい」という方向に気持ちが動いていき、気が付けばあっというまに3年前期も終わってしまいました。

Photo by Mahiro Horikawa

学業のことはこの辺にして、もう少し趣味の話をしましょう。先ほども書いたように、入学してすぐに大学のオーケストラに入り、2年の春からは学生指揮者を務めています。オーケストラに携わったことは今までありませんでしたが、指揮者というポジションに立ち、今まで見えていなかった要素が次から次へと見え始め、音楽の技術的な構造や表現を読み解きながらホールという空間全体を用いた空間芸術を組み立てるという仕事に非常に惹かれていきました。指揮者というのは不思議なもので、エモーショナルな部分をロジカルに、精密に変換していくというプロセスを必要とします。なぜならば、100人近くのオーケストラに表現の仕方を伝える際、個々人の意識における感情のとらえ方は全く違います。それを統一し、聴く人にどのような感覚を与えるべく演奏するのかを全員で共有するためには、自分の感じた様々な抽象的な要素を、物理的な奏法として伝えねばならないのです。実は、私はこの作業が非常に苦手です。幼いころから議論においては常にロジカルに、一方で抽象的な部分はその美しさをそのまま感じることを常として育ってきた私にとって、両者を統合するというのは当初全く不可能なように思えていました。1年半がたってもいまだにうまくできるようになったとは言えませんが、周りの人たちの「感覚を理解する」という、今まである意味で怠ってきた作業に向き合うとても良い時間になっています。

Photo by Mahiro Horikawa

時間のある時には、しばしば学科や部活の友人と写真を撮りに出かけています。今年になってからは秩父の芝桜、川崎の工場夜景、東京駅周辺の町並みなど、風景写真をよく撮りに行きました。載せている写真は、皇居周辺の夜景、川崎の工場敷地内に続く線路と幹線道路の交差、そして芝桜です。写真を撮る、ということは、見えたままを撮るというよりは、見えたものをいかにその美しさが際立つように画面上で構成するか、という作業が主体になってくるので、私にとってはそれも写真の大きな魅力になっています。

Photo by Mahiro Horikawa

外の世界に出て3年半、正直なところ今はもう私の中に「賢治の学校の人間」という意識はありません。しかし、賢治の学校という場所で思春期を過ごし、あれこれ考えた時間と経験は確実に今の私の基礎になっているのだろうという実感は時間とともに強くなっています。それが良かったか悪かったか、というのは全く問題ではありません。過ごした時間の良し悪しなどというのは、本人にすら判断しがたいものです。もちろん、卒業する前後はある面においては過ごした時間への後悔の念もありましたし、それを隠してもいませんでした。しかし、そこで悔やんだ部分があったからこそ今の生き方があります。高等部の後輩たちや馬頭琴で受け持っている小中学部の子どもたちには、それぞれの現在の思いを信じて過ごしてほしい、と思っています。
それぞれの年齢、時期によって自分にとって何が大切か、自分は何をしたいのかということは変わっていきます。今思えば、そのことを常に感じ考え続けることが、亡き鳥山敏子先生から教わったものなのかもしれないと思う今日この頃です。

(2018年10月発行)