自分を生きる〜卒園に想いを寄せて〜

卒園式の朝、妻と息子と手を繋ぎ、三年間歩き慣れた幼稚園への道を歩いた。雨予報は大きく外れて快晴だった。

幼稚園の見慣れた門の前まで来るといろんな思いが込み上げてきた。

幼稚園生活の三年間のうちの二年間は、コロナ禍の中の生活だった。登園できない期間も数ヶ月間あった。でも、全く思い残すことのない、最高の三年間だった。

「自分を生きる」

これは、東京賢治シュタイナー学校を設立した故·鳥山敏子先生が、繰り返し言われていた言葉。この言葉の意味を、この三年間で、少しだけ理解することができた。

園に入る前の息子は臆病で、敏感過ぎるような子だった。入園してからの最初の一年間は、いつも泣いていて遊びに入れないような子だった。でも、先生方はそんな息子の中に確かな強さを感じ、あたたかく見守って下さった。

この園では、のんびり屋さんにも、恥ずかしがり屋さんにも、怖がり屋さんにも居場所があった。先生方は子供達のどんな小さな進歩や成長にも喜び、目を輝かせながら、私たちに話してくださった。

そのことに勇気づけられ、子供だけでなく私たち保護者も、誰もが自分らしくいて良いのだと、感じることができた。

その暖かい眼差しおかげで、あの内気だった息子も、年長になると教室の木や布や紐を駆使して、豊かな遊びの世界を作りあげるようになった。年下の子の世話もできるようになり、頼られるようになった。そして、子供達みんなが、その子らしく健やかに育っていく様子を見守ることができたのが、とても嬉しかった。

また、園の親の活動や、学びもとても有意義な経験だった。学期末恒例の教室整備や、親の手で何日もかけて作った園の門。そして、幼児教育講座や、親が有志で開催してくれた上映会。

そのような機会を重ねて、周りの親たちからもたくさんの刺激を受け、親は、園を作っていく上での大事な一員なんだ、という意識が芽生えていった。

親同士の健全な交流が、そのまま子供たちを育む環境となると教わり、人付き合いが不得意な私も、古い殻を割って一歩前に踏み出すことができた。そして、新しい自分を発見することができた。

この時代において、「自分を生きる」ことは、難しい。でも、そうすることがどんなに心地よいことか、子供の成長や園での生活を通して、少し実感することができた。

未来は明るい。

このコロナ禍の中においても、そう実感できる三年間だった。今後も、息子と共に家族と共に、この学校や地域社会と共に歩んでいきたい。

最後に、コロナ禍の中でも一貫として子供たちの成長を思い続け、子供たちが心から安心して充実した日々を送れるよう、日々苦心された先生方に、心からお礼を申し上げます。

(年長保護者 W父)