高田豪

演劇

Interview

この学校とどのように出会いましたか?
私はこの学校を鳥山とつくったので鳥山敏子との出会いを話します。1976年演出家の竹内敏晴さんを訪れたとき、「からだとことばの会」の中で鳥山敏子と出会いました。その後竹内敏晴氏のレッスンを彼女と共に受けていき、彼女の生き方に深く共感し、鳥山敏子の「教師のワークショップ」を彼女と共に開催しました。
その後彼女が学校をやめることになり、賢治の学校づくりを一緒に始めました。そのときはまだ建物は持たずにワークショップや講演会を開催し続けていました。その運動が賢治の学校運動になり、「星の数ほど賢治の学校を」というキャッチフレーズで私も精力的に活動していました。その後長野県の美麻に若者のための賢治の学校を鳥山さんと設立しました。美麻の学校はドイツの「ユーゲントゼミナール」を見本とし、若者の全寮制の学校で一年半続きました。
そしてその後東京の立川の今の前身である賢治の学校に移り、初めは若者と大人のためのクラスをつくりました。でそのうちに子育てに悩む親たちが集まり、幼児クラスを設立しました。さらに小学生もいたので幼児が5人くらいと小学生が2人での学校が開校されました。そのあと子どもたちのための学校ということでオイリュトミストやシュタイナー教育者をドイツから招き、皆で一生懸命学び始めました。そしてその学び続けた流れが今、ここにあるということです。今現在私は、この学校の演劇専科の教師として活動しています。
一番大切にしていることは何ですか?
演劇なので、とにかく一人一人が言葉をしっかり話すこと(もっというと放つこと)、そして言葉を通して人とちゃんと関わっていくことをまず大切にしています。ドラマが生まれてくるプロセスの前提条件だからです。
好きな音楽は?
ジャズです。何よりもビル・エヴァンス!